昨年の12月に数理科学(サイエンス社)という雑誌の編集者の人から、東北大学の田中和之先生の「ベイジアンネットワークの統計的推論の数理」についての書評の執筆依頼が郵便で届いていた。書評というものは、通常は弟子とかが宣伝のためにいろいろな人にお願いしてまわるものだと思っていた。編集から直接依頼があったが、理由などは聞かず、スケジュール的に大丈夫だと思い、自分の勉強のために引き受けることにした。3月20日が締切りであったが、最終的に提出できたのは5月20日であった。10年以上も前になるが、韓太舜先生と小林欣吾先生の「情報と符号の数理」について書いたことがある。 田中和之氏の書籍に関しては、以下のような感想をもった。
- LDPC符号や隠れマルコフ連鎖の例など、例が多く、具体的に書かれているので、初学者には親切である。
- 統計的推論といっているが、統計的学習に関する記載がなく、むしろ確率的推論(確率論の公理から必要な確率を計算する)に関するテキストといってよい。
- ベイジアンネットワークというよりは、因子グラフを用いた確率伝播の説明が欲しかった。因子グラフの方が理解しやすく、また、領域グラフを構成して、クラスター近似や接合木近似などの一般的な確率推論を説明できる。
などである。著者本人も認めるように、学術的価値を追求するというよりは、どちらかといえば、若い人を分野に引き寄せるためのテキストという位置づけになっている。書評の記載内容は、最初は若干辛口であったが、著者本人とやり取りをしているうちに、まろやかなものとなった。 数理科学には、2010年9月号に掲載されるという。著作権の関係もあり、原文を今はお見せできないが、機会があればご覧いただきたい。